“第1回本多静六賞”を受賞した兄

2008.5.7

 

秩父の大滝村(現秩父市)といえば、埼玉県の森林の多くを占める荒川源流の村である。そのほとんどが県南と東京に住む人達の貴重な水源となる植林や原生林で、水と空気のキレイさでは埼玉が世界に誇る地域である。
50年前は一番奥に鉱山があったので、多くの技術者や鉱夫が住み活況を呈していた。

林業新知識誌の紹介記事

当時の人口は9,800人くらい居たが、今では1,200人ほどに減少し、今回の平成の大合併で秩父市となった。林業が盛んだった昔は“山大臣”と言われる数人の山地主がいて山奥ではあるがかなり豊かな生活をしていたようだ。日本の高度成長と共に外材が輸入されるようになると、生活の糧であった杉やヒノキの値が下がり大滝ばかりではなく、全国の林業が廃れ、林業に従事する者は減少し、全国各地で山の手入れが出来ずに山は荒れ放題となったのである。

兄は、村の中学を卒業すると質実剛健の進学校である熊谷高校へ進学し、一浪して慶応大学文学部仏文科へ入学。
卒業と同時に大滝へ戻り、実家の角仲林業に就職する。年配の森林作業員と一緒に山林の手入れのイロハを学ぶという大学時代では考えられない地味な日々を過ごすこととなる。
祖父と父が村長という家に生まれた宿命か、村の将来を考えることは必然で、学生時代から兄弟、親戚、取り巻の人達が集まると父を囲んでは村の発展を語り合った。

日本経済の変化に連れて材木価格は下がる一方で、大滝という立地に合った事業を起す必要に迫られた結果、キノコの人工栽培にもチャレンジを始める。地道な努力が実を結び、長男が大学を卒業して家業を継ぐようになると、父の背中を追うようにして林業の復活に向けて本腰を入れることとなる・・・。

山林の付加価値を上げる為に自費で林道を造り、スウェーデン製の木材運搬機などを買い入れて省力化を図り、工務店や自分の家を作る人達に山を案内し、売れ頃に育った杉やヒノキなどを直に見せることで産地直送の安心感を与え、秩父大滝材で作ったモデルハウスを見た人達から徐々に注文が入るようになる。
ここに至るには、大滝に演習林を持つ東京大学の教授との有益な交流や国産の木材が見直されつつあるという時代の変化も手伝い、“廃れた林業”から希望の持てる“山林ビジネス”へと光明が見え始めたのがこの数年である。

そんな時に、上田埼玉県知事が進める埼玉の偉人を顕彰する政策のひとつである『本多静六賞』にノミネートされ、実績を評価されて、栄えある第一回目の受賞者となったのが秩父市大滝在住の私の実兄“山中敬久”である。
そして、この第一報を知らせてくれたのは実兄ではなく、私が日頃、東松山で“兄貴”のようにお世話になっている中里建設社長の中里c夫さんだったのには、何とも不思議な縁を感じるとともに本当に嬉しいことだった・・・。

この慶事を機会に、大滝に住む人達がもっと胸を張って、埼玉の為に、日本の為に、地球環境を守っていると言う自負を持って堂々と生きて欲しいと願わざるを得ない。


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